チョコレートケーキと味噌とレジスタンス。

 

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あれは夢?幻覚だったのだろうか?

 

今日みたいに暑い八月。私は深夜の大阪駅地下街を走っていた。

 

 

 

 

 

「田舎には仕事がないからな。」

あの男がそう言って街を出て行ってから三年。いきなりメールが入っていた。私は夏休みを早めにとって、男に会いに行ったのだった。

 

 

男は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を作って昔のように冗談を言いながら

部屋へ入れてくれた。

「都会が珍しくってさ。連絡する暇もなかった。」

実際、そうかもしれないと思った。田舎では日が暮れると人々は家の中に入ってしまって、外に出ても音もしない。大阪の夜は暑苦しくにぎやかだった。

 

酒を飲みながら話し込んだ。

田舎の友達の事、親や親せきの話。近所の魚屋の親父さんが亡くなった事や

学校が統廃合で消えた事。そして政治と世の中の事。

男の話は仕事の事ばかりだった。

新しい職場では先輩が自分を買ってくれてやりがいがある、とか、

体裁のいい事を言いながら冷蔵庫から缶ビールを出している。

 

「何かつまみを作ってやろうか?」

料理が得意でもないくせに、私は台所に立った。冷蔵庫の中から化石のような野菜を

引っ張り出し、笑いながらフライパンを揺らしていると男が近寄って来た。

私の肩に手をかける。冷たい手だった。

(缶ビールが冷えていたから?)

振り向くと男の顔が目の前にあって、唇を寄せようとしていた。

滑稽なほど欲情に熱くなったその目を見た時に、手の冷たさとの対比が私には不思議だった。そして私は笑い出した。これまでこんなに笑った事はないとはっきり感じられるくらい、思い切り笑った。笑って笑って笑い転げた。フライパンをほったらかして、

床の上を転げ回って笑った。男は慌ててガスの火を止めた。私が笑い続けるのを見て、男は戸惑う表情で、

「飲み過ぎたか?」

と聞いた。私はまだ笑いが止まらなかった。そして男の顔に向かって吐き出すように言った。

「ハマったね?」

「何に?」

男は首をかしげる

「味噌トラップ。」

「はあ??」

 

答えに窮して戸惑っている男を後ろに残して、私は部屋を出た。

味噌トラップなんて言葉があるのかどうか知らないが、男の頭の中が日々の生活の事で一杯なのは見え見えだった。これこそが”奴ら”の望む貧乏人の姿。とりあえず、目の前の欲望を満たせば満足すると言うのか?

 

 

急げばまだ終電に間に合うかも知れない。

私は深夜の大阪駅へと急いだ。小雨が降って来た。

 

(地下街を突っ切っろう。)

 

そう思って地下街の入り口へ飛び込んだ。

ほとんどの店がシャッターを下ろし、『CLOSED』のカードが退屈そうに揺れている。

 

人気のない地下街はまるで中世のカテドラル(教会堂)のようにひんやりとして、

残酷な庶民の生活の鼓動を黙って聞いている。

 

私は何も考えないようにして走った。

足音が石壁に響く。誰の声も聞こえない。人影が消えた。

 

薄暗い地下道はもはやどこへ続いているのかわからなかった。とにかく走った。

所々にランプの灯りがともっている。それを頼りに進んだ。

 

息が切れて走れなくなるころ、天井からぴちゃんと水が落ちて来た。

地下道の空気が冷たいから?それとも

さっきの雨が本降りになって漏れて来たのだろうか?

 

立ち止まって辺りを見回すと、少し向こうにまだ明かりのついた店がある。

 

近づくとその店は薄暗いアンティークショップだった。寂しそうな顔をした老婆が

ぼんやりと座って昔の夢を思い出している。

私に気づいて顔を上げた。その顔には上品な皺が無数に刻まれていた。

 

中へ入るとその店は意外なほど広く、貴族のお城の応接間のように絨毯が敷き詰められ、年代物のキャンドルにろうそくの明かりが揺れている。

無表情な白い彫刻像に見つめられながら、引き寄せられるように奥へ進んだ。

 

「いらっしゃい。」

老婆が微笑む。

見るとカウンターの中にはケーキが並んでいた。

たぶん宝石でも並んでいるだろうと言う気がしていた私は幾らか拍子抜けしたが、

その分、気が楽になってガラスケースの中のケーキをながめ始めた。

その中に『ウイリアム王子が毎日食べているチョコレートケーキ』というタイトルがついた、小さなキューブ状のチョコケーキがあった。

 

手のひらで転がすサイコロよりほんの少し大きいくらいの立方体。それで500円。

口に入れれば一口で入る大きさでその値段なのだから、さぞおいしいのだろう。

マコサマだかカコサマだかもこんなものを気軽にオメシアガリニナルのだろうか?

私の頭の中に子供の頃母親にねだって買ってもらったおもちゃのティアラが浮かんだ。

プラスティックでできた安物のティアラが、子供の頃の私にはティファニーに並んでいる宝石のように高級品に思えた。自慢げに頭につけて喜んでいた子供の頃・・・。

 

 

そのケーキを一つだけ買って、逃げるように店を出た。

ペーパーバッグに見た事のない文様がきらめいている。

 

誰もいない地下道はランプの灯りすら一つずつ消えていく。消えそうなランプを

追い駆けるように走った。どこへ向かっているのかすら忘れ、私はただ走った。

 

(出られないかも知れない。)

 

そんな気がし始めた時、細い横道が一つあった。

とにかくそこへ入り込んで、石壁にもたれて荒れた呼吸を整えた。

人のいない地下道に時折、天井から落ちる水音が響く。

 

何故だかもう何もかもどうでもいい気がして来た。このまま地下道の横道で息絶えて、

干からびたミミズみたいになるのもいいかもしれない。

 

ふとさっきのケーキを思い出した。

袋を開いてそっと取り出すと、小さな立方体が発光している。

胸を張ったお姫様のようにまばゆく輝くチョコケーキを、私は口の中へ押し込んだ。

 

光り輝く甘美な快楽が身体全体を流れるように覆って行った。

全身の細胞が発光しているのがわかる。

 

きらびやかな宮殿、衛兵が敬礼する。重々しい扉が開く。

ゆっくりと羽のような足取りでお姫様は門の中へ入って行く。

静かにお辞儀をするタキシードの行列の中を、スカートのすそをつまんだ可愛らしいお姫様が歩く。微笑みながら、発光しながら。

 

チョコレートと同じように急速に溶けていく陶酔の中で、私は意識を失う事を喜んで受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと列車に揺られていた。

朝日が眼を射るのが嫌で、私は窓のブラインドを下ろした。

たくさんの人が列車の振動に合わせて右左と揺れている。

 

何気なくスマホを見ると、着信が残っていた。

私はお姫様のように悠然と微笑むと、その着信と男のアドレスを消した。

そして列車の振動に抵抗するように、身体を固くして窓によりかかった。

ブラインドの隙間から入り込む朝日は、気まぐれに誰かの顔を照らしているだけだった。

 

 

 

 

あれから何回も用事で大阪へ出かけたが、男の所はもちろん、地下街にも入らないようにしていた。たとえ入って見ても、もはやあのアンティークショップも老婆もいない事を知っていながら。

 

だが誘惑に負けて、私は一度だけあの店を探した事がある。

もちろん、どこを歩いてもそんな店はなかった。地下街はにぎやかな雑踏だった。

 

ほっとした。もう探す事はないだろう。

 

 

それでもブラインドの隙間から漏れる陽の光が、私の頭の中で時折、忘れられた骨とう品を輝かせる事がある。

子供の頃に自慢げに頭につけていたティアラ。

安物のプラスティックだと気づかなかった、あの白々しいティアラが、

今でも私には魅惑的な宝物として感じてしまうのは、

一体なぜなのだろうか・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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